癌とは、
いろいろな病気を引きおこす 人類の敵=ウイルスは、およそ30~150nm(=ナノメーター。1 mmの百万分の1)の大きさで、当然肉眼では見えません。特有の動植物の細胞に 寄生します。基本構造は遺伝子と少数の酵素とそれを包む膜でできていて、ウイ ルス自身は呼吸もしないしエネルギーを作ることもありません。生きた細胞の中で細胞の色々な装置を利用してのみ自分自身を増やすことができる最小の生物です。
ウイルスはvirusと書きます。ウイルスは、わたしたちを病気にさせる病原体です。かぜ・インフルエンザ・エイズなど、ウイルスによって引きおこされる病気は多くあります。そのウイルスに対抗するため、私たち人類はワクチンを開発してきました。その結果、天然痘のように今ではなくなってしまった病気もあるほどなのです。
しかしその一方で、エイズの原因となるヒト免疫不全ウイルス(HIV)など、新しいウイルスがつぎつぎにあらわれています。2003年に世界各地で流行した新型肺炎サーズ(SARS)は、記憶に新しいですね。これは、コロナウイルスといわれる病原体が引きおこす病気ですが、まだ治療法が確立していません。ヒト免疫不全ウイルス(HIV)もサーズと同様に、病気があらわれてから(これを発症という)の死亡率が高く、おそれられています。
それでは、恐ろしい病気を引きおこすウイルスは、きっと生きる力も強い生き物にちがいないと思うことでしょう。ところが、彼らは、自分の力では生きることも子孫を増やすこともやめてしまった世界で一番小さくて弱い生き物なのです。ウイルスは、いつも他の生き物の細胞にくっつくことで、やっとのことで生きているのです。
ここで、細胞を1けんの家と家族としましょう。そこにウイルスがやってきて、いっしょに住むと考えてください。ふつうは、いっしょに住ませてもらう以上、なんらかの形でその家や家族のために、その家族にとって良いことをするはずです。ところがウイルスには、この常識は通用しません。ウイルスは、家や家族から奪えるものを奪えるだけ奪い、相手に何もあたえないのです。
ウイルスに奪われる細胞は「ホスト細胞」とよばれ、たかる方のウイルスは「ゲスト」とよばれています。「ゲスト」=お客 ということになりますが、ほとんど「強盗」か「ギャング」だと思いますが…。
ホスト細胞には、動物・植物・バクテリアの3種類あります。バクテリアは細菌(さいきん)のことで、ホスト細胞の中では一番小さく、肉眼では見えないほどの大きさです。しかし、ウイルスはその10分の1くらいしかないのです。
じつは、ウイルスには、困ったことがあるのです。それは、1つのホスト細胞にずっといっしょにいて「たかり」をくりかえすのではなく、たびたび「たかる」先をかえて引っ越しをするのです。この引っ越しの時に、それまで住んでいたホスト細胞の遺伝子の一部を盗んだり、あるいは、自分運んでいる遺伝子の一部をおみやげに勝手に置いておきます。このため、今まで住んでいたホスト細胞と引っ越し先のホスト細胞の間で、遺伝子の交換が起きてしまいます。ホスト細胞は、ウイルスから遺伝子というおみやげをもらったからといって、喜んではいけません。このおみやげは、悪いことしかおきないものだからです。つまり、「毒」を置いていくといってよいかもしれません。そもそも ウイルスvirusは、ラテン語で「毒」を意味することばなのですから。
それでは、ウイルスはどうやってホスト細胞に入り込み、仲間を増やしていこうとするのでしょうか。これは、大まかに5つのステップになります。そのステップを見ていきましょう。
○ ステップ 1 ウイルスのホスト細胞への接近
ウイルスは、細胞に入りやすいように、まるで味方のようによそおい、細胞をだまします。(というより、細胞の玄関の合いカギを持っているという方がわかりやすいかな?)だまされたホスト細胞は、入り口のドアを開け、ウイルスを自分の中に入れてしまいます。こうしてウイルスは、まんまと細胞の中へ入り込みます。
○ ステップ 2 ウイルスが着ていたものを脱ぐ
細胞に入ったウイルスは、着ていたタンパク質のコートを脱ぎます。このコートの中には武器が隠されているのです。このタンパク質はカプシドというもので、これに包まれていたのはウイルスの遺伝子(自分の体を作る設計図)です。これが細胞の中にばらまかれるのです。
○ ステップ 3 ウイルス遺伝子の大量コピーの始まり
ウイルスは、入り込んだホスト細胞の中で、自分の遺伝子の大量コピーを始めます。このとき、コピーのために、ある酵素が必要なのですが、これを持ちこむウイルスもあれば、ホスト細胞の酵素をちゃっかり使うものもいます。遺伝子は、ウイルス自身のコピー(自分と同じ子どもたち)をたくさん作るためにどうしても必要なものです。ウイルスは、細胞に入り込んでしばらくは、遺伝子のコピーにかかりきりになります。そして、コピーされた遺伝子がかなりの量になると、ウイルスは、このコピー遺伝子を使って次の段階に移ります。
○ ステップ 4 ウイルスのコピー ものすごい数の子供の誕生。
コピーした遺伝子をもとにして、こんどはタンパク質を作り、このタンパク質を組み立てて、ウイルスの子どもたちの体作りをはじめます。さながら、ホスト細胞の中は、ウィルス製造工場のようになるのです。 こうして、ウイルスの子孫が次々に誕生します。 この段階で、細胞をガン化させることもあります。
○ ステップ 5 作り出されたウイルス子供達が出て行き、新たなホスト細胞に襲い掛かる。
こうしてホスト細胞の中に仲間を増やしたウイルスは、細胞の膜をつき破って外に出て行きます。そして、新しいホスト細胞を見つけて次々に入っていきます。新しいホスト細胞に入ったウイルスたちは、これまで述べてきたことをくり返します。
細胞の中に入ったウイルスは、まるでギャングのようですね。このギャングたちをやっつけないと、細胞どころか、体全体がやられて、やがて死んでしまいます。どうにかならないのでしょうか。
実は、体には、このギャングどもをやっつける警察、いや体の防衛軍がいるのです。これが「免疫(めんえき)」と言われるものです。
現在、一般的に行われているがん治療は、外科治療(手術)、化学療法(分子標的薬を含む抗がん剤による治療)、放射線治療の3つで、これらを総称して三大がん治療といわれています。この三大がん治療に加えて、近年“第4のがん治療”として注目されているのが免疫療法です。免疫とは、体の中に侵入した異物を排除するために、誰もが生まれながらに備えている能力です。この能力を高め、がんの治療を目的とした免疫療法を特に「がん免疫療法」といいます。
免疫システムの研究が大きく進み、新しいタイプの治療法が次々に登場するなど、がん免疫療法は注目されており、アメリカの科学誌「サイエンス」は、Cancer Immunotherapy(がんの免疫療法)を身体の免疫システムを利用した非常に魅力的な治療法であるとして、2013年の科学のブレークスルー(画期的な進展)に選びました。
1990年代までの免疫療法は、「非特異的」がん免疫療法といわれています。体全体の免疫能を底上げしてがんと闘うことを目指すものでしたが、開発されたいずれの治療でも進行がんに対する単独での有効性は証明されませんでした。
1990年代に入り、免疫細胞ががん細胞を攻撃するメカニズムが明らかにされ、「正常細胞に影響なく、がん細胞を攻撃する」という「特異的」がん免疫療法が医療の現場に取り入れられるようになりました。すなわち、免疫療法は、体全体の免疫の活性化しかできなかった非特異的がん免疫療法から、がん細胞に特化して免疫力を高め、より効率的に作用する特異的がん免疫療法へと発展したのです。さらに、免疫応答を抑える分子の働きが徐々に解明されてきたことも加わり、21世紀の免疫療法は飛躍的に進化しました.(下表参照)
がん免疫療法は大きく2つの種類に分かれます。
1つは、がん細胞を攻撃し、免疫応答を亢進する免疫細胞を活かした治療で、アクセルを踏むような治療法といえます。もう1つは、免疫応答を抑える分子の働きを妨げることによる治療で、いわばブレーキをはずすような治療法です。
免疫細胞の機能を高めてがんに対する攻撃力を強める前者の治療法の代表的なものとして、樹状細胞ワクチン療法があります。これは、生体内で、樹状細胞ががん細胞からがんの目印を取り込んで、それをリンパ球に伝えてがんを攻撃させる免疫システムを利用したものです。詳しくは「樹状細胞ワクチン療法」のページで解説しています。
後者の代表は、オプジーボ、キートルーダ、ヤーボイなどの免疫チェックポイント阻害剤で、一部はすでに日本でも承認されがん治療に使用されています。これらは直接がん細胞を攻撃するのではなく、がん細胞を攻撃するTリンパ球にブレーキをかける分子の働きを阻害します。これによって、Tリンパ球はがん細胞に対する本来の攻撃性を取り戻し、抗腫瘍効果を発揮します。
アクセルを踏む治療とブレーキをはずす治療は、併用することで効果が高まる可能性があり、今後の研究に期待が寄せられています。例えば、抗PD-1抗体薬は、がんを攻撃するTリンパ球ががん組織に浸潤しているときに効果を発揮します。そのTリンパ球を作り出すことができるのが樹状細胞ワクチン療法です。樹状細胞ワクチン療法で、まずがんを攻撃するTリンパ球を体内に作ることが、がん免疫療法を成功させる鍵となると考えられます。
○命は免疫で守られている。
風邪をひいた時など、「免疫力が低下していたからだ…」などと言ったりしませんか?
免疫という言葉は、普段なにげなく使われ、テレビや雑誌などでも頻繁に取り上げられています。このように普段からよく耳にする“免疫”ですが、それを正しく理解できている人はあまり多くありません。ここでは免疫について、わかり易く解説します。
そもそも免疫という漢字は、「やまい(疫)をまぬが(免)れる」と書きます。例えばインフルエンザワクチンを注射してインフルエンザウイルスに対する免疫をつけると、インフルエンザにかかりにくくなる、もしくは重症になりにくいといわれているように、免疫とは細菌やウイルスなどの外敵(異物:自分以外のもの)がからだの中へ侵入してきた時など、それに立ち向かって排除し、わたしたちの命を守ってくれる仕組みなのです。
○免疫細胞群の連携
では、一体どのようにして、からだの中に侵入してきた異物が排除されるのでしょうか。
答えは“血液”にあります。血液の中には、大きく分けて酸素を運ぶ赤血球と、免疫を担う白血球という細胞が存在しています。これらのうち、白血球は1種類の細胞ではなく、さまざまな役割を持った多種類の細胞(免疫細胞群)で構成されています。それらが相互に連携しあい、チームプレーで外敵と戦っているのです。
○抗体と免疫細胞
白血球のほかにも、免疫で重要な役割を担っているのが“抗体”です。からだの中に異物が侵入すると、わたしたちの体の中(血液中)には、その異物だけに作用する(特異的)『免疫グロブリン(すなわち抗体)』が作られます。そこでできた抗体は、異物と結合し、白血球の一種であるマクロファージやリンパ球といった免疫細胞がこの抗体を目印として、異物を貪食(どんしょく)します。
このようにわたしたちの体は、異物が侵入してきても、それに適合する抗体を作ることができます。その素晴らしい能力で、侵入してきた外敵や異物と絶え間なく戦っているのです。免疫で主役を務める白血球の種類と役割については、「免疫細胞の種類と働き」のページで解説しています。
○癌細胞も異物のひとつ
私たちのからだ(自己)は、免疫細胞群の緻密な連携によって、病原菌やウィルスなど(非自己)の外敵から守られています。免疫細胞群は、常に、外界から体内に侵入してきたウィルスや細菌などや、体内の異常を監視し、異物を感知した場合には、それを破壊して排除します。
細胞の中には遺伝情報としてDNAが含まれています。DNAは、なんらかの原因で変異が発生したり、多少傷ついても修復され、元に戻ったり、アポトーシス※を誘導して自滅したりしますが、稀に正しく修復されないことがあり、この結果、無秩序に細胞分裂を行い増殖してしまう細胞があります。このように、無秩序に増えコントロールを失ったものを「がん」と呼びます。無秩序に増えたがん細胞は、正常な細胞に対して悪影響を与え、健康を害します。
※アポトーシスとは:生体には不要な細胞や有害な細胞に細胞死を誘導し、これを排除する仕組みが存在します。この細胞死をアポトーシスといいます。
白血球は、からだの中に侵入してきたウィルスや細菌などから、常に命を守り続ける免疫細胞です。からだの中では多種多彩な免疫細胞群(白血球の仲間達)が、緻密な連携を組んで異物と戦っています。
○ 樹状細胞
外気に触れる鼻腔、肺、胃、腸管、皮膚などに存在している細胞です。名前のとおり枝のような突起(樹状突起)を周囲に伸ばす形態が特徴です。樹状細胞は、異物を自分の中に取り込み、その異物の特徴(抗原)を他の免疫細胞に伝える働きを持ちます。実際には、抗原を取り込んだ樹状細胞は、リンパ節などのリンパ器官へ移動し、T細胞やB細胞などに抗原情報を伝えることで、それら免疫細胞を活性化させます。活性化されたT細胞やB細胞が、異物を攻撃します。
○ マクロファージ
マクロファージはアメーバ状の細胞です。からだの中に侵入してきた異物を発見すると、自分の中にそれを取り込んで消化(貪食処理:どんしょくしょり)します。また一部のマクロファージは、異物の特徴 (抗原)を細胞表面に出すことで、外敵の存在を他の免疫細胞に伝えます。そのほか、他の免疫細胞と共同で、TNF-α、インターロイキン、インターフェロンなど免疫細胞を活性化させるサイトカインという物質産生にも関与します。
リンパ球の役割
○ T細胞
ウィルスなどに感染した細胞を見つけて排除します。T細胞は、ヘルパーT細胞、キラーT細胞、制御性T細胞(レギュラトリーT細胞)の3種類があり、それぞれ司令塔、殺し屋、ストッパー・クローザーの役割があります。
○ キラーT細胞
樹状細胞から抗原情報を受け取り、ウィルスに感染した細胞や癌細胞にとりつき排除する、
という「殺し屋」の働きを持っています。
キラーT細胞はウイルス感染細胞やがん細胞を見つけ出して殺傷する能力を持つT細胞の
一種です。T細胞を薬剤としたT細胞製剤は、iPS細胞から再生することにより、量産が可能
になります。この時の材料として、患者の免疫系に拒絶されにくい汎用性のiPS細胞を用い
れば、誰にでも投与できるT細胞製剤を作製できます。そのようなT細胞をあらかじめ大量
に作製して凍結しておくことにより、患者が必要とした時に解凍して投与することができま
す。また、大量生産することにより、コストを下げることも可能になります。
キラーT細胞は、細胞表面にCD8とT細胞受容体と呼ばれる分子を発現しているリンパ球の一
種。これらを介して細胞内寄生性病原体に感染した細胞やがん細胞を抗原特異的に認識するこ
とで活性化すると、標的細胞を殺傷する能力を持つエフェクターキラーT細胞へと分化する。
記憶キラーT細胞は、一部のエフェクターキラーT細胞が、標的細胞を殺傷する能力を維持した
まま長期間生存可能な能力を獲得したキラーT細胞。一度遭遇した特定の抗原を記憶し、再度
同じ抗原に暴露されると迅速で効率の良い免疫応答を惹起する。記憶キラーT細胞の局在・遊
走能や機能により、循環型記憶キラーT細胞であるセントラル記憶T細胞(Tcm)、エフェクタ
ー記憶T細胞(Tem)、末梢記憶T細胞(Tpm)、非循環型の組織潜在型記憶T細胞(Trm)に
大別される。
○ ヘルパーT細胞
樹状細胞やマクロファージから異物の情報(抗原)を受け取り、サイトカインなどの免疫活
性化物質などを産生して、攻撃の戦略をたてて指令を出します。
○ 制御性T細胞
キラーT細胞などが、正常細胞にも過剰な攻撃をしないように、キラーT細胞の働きを抑制
したり、免疫反応を終了に導いたり、というストッパー・クローザーの働きを持っています。
○ メモリーT細胞
抗原と出会う前のナイーブT細胞が抗原認識により活性化するとエフェクターT細胞となり、
エフェクターT細胞の一部はメモリーT細胞として長期生存し次の抗原暴露に備える。2回目の
抗原暴露があるとメモリーT細胞はすぐにエフェクターT細胞となり最初の抗原暴露に比較し早
く効率よく反応できる。